天皇のフィリピン訪問に関する声明
2016年1月26日
ILPSコミッション(帝国主義とすべての反動に反対する民族的社会的解放の大義)
われわれILPSコミッション1は2016年1月26日から30日にかけて予定される天皇アキヒトと皇后ミチコのフィリピン訪問に抗議する。
これは第二次世界大戦後、日本の現天皇がフィリピンを訪問する初めての機会だ。
フィリピン滞在中、彼らはマラカニアン宮殿でのアキノ・フィリピン大統領との会談やマニラ首都圏近郊にあるラグナ州での日比の戦没者の慰霊費への訪問などを予定している。フィリピンの支配階級である大買弁資本家と大地主たち、とりわけ祖父をはじめとする親類縁者が第二次世界大戦中に日本のファシストの協力者であったアキノ大統領は、この訪問を「歴史的」な出来事として祝っている。しかし、われわれは民衆、とりわけフィリピンとアジア太平洋地域の民衆にとっては、それは決して歓迎できるものではない。
日本帝国主義はそのアジア太平洋侵略戦争の最中、1941年か ら45年までフィリピンを占領した。フィリピン民衆は抗日人民軍(フクバラハップ)を組織し、日本軍の支配に対して武装闘争その他の形態での抵抗闘争を展開した。日本帝国陸軍はこのフィリピン民衆の反抗を過酷に弾圧し、百万人にのぼるフィリピン人を殺害した。
四年間の占領期間中、フィリピン民衆は日本軍の手ですさまじい苦難を強制された。日本軍に抵抗していると疑われた者は-とりわけ1945年の日本のマニラからの撤退のなかで-手当たり次第に投獄され、あるいは虐殺された。多くの民衆が殺害され、あるいは戦争がもたらす飢えや病気で命を失い、生計手段を喪失した。
さらに、数え切れないほどの女性たちが日本兵によって強制的に連行され、性奴隷-いわ ゆる「慰安婦」-とされた。
しかしまた、日本の撤退の過程で、社会インフラや占領者庇護するものとみなされた民間家屋を破壊したのが米国であったことも指摘されねばならない。
フィリピンおよびアジア太平洋地域の民衆は日本軍が犯した犯罪や残虐行為を決して忘れていない。しかし、日本政府は今日まで「慰安婦」とされた女性たちをはじめとする戦争被害者に対して、明確で公式な謝罪と法的責任にもとづく賠償を行っていない。
アキヒトの父である前天皇ヒロヒトは、かつて日本帝国主義がアジア太平洋を舞台に遂行した侵略戦争の最高責任者であった。天皇制は日本の民衆を侵略戦争へと動員していくための要であった。しかし、天皇ヒロヒト と天皇制の戦争責任は、極東軍事裁判においても、追及されることはなかった。
1945年の日本の敗戦後も、天皇制は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とされ、形を変えて生き延びた。
今回の天皇アキヒトのフィリピン訪問は、安倍政権と日本の支配階級-独占資本-の意志を反映した政治行為である。日比当局は、日本の戦争責任に関わるアキヒトの曖昧な言葉によってかつての日本の占領に対するフィリピン民衆の怒りを「和らげる」ために、今回の天皇のフィリピン訪問を利用しようとしている。彼らはまた、被害者への真の謝罪と国家補償を抜きにしたまま、日本の戦争責任問題を「解決」することを望んでいる。
米帝国主義と米国のアジアへ の軍事的回帰の下で、日本の支配階級は、日本とフィリピンの軍事協力を拡大・発展させようとしている。日本は現在、「集団的自衛権の行使」を口実に海外での自衛隊の戦争行為を可能にする昨年9月の新安保法制の制定など、その軍国主義を加速させている。日本もフィリピンも米国と条約を結んだ同盟国であり、米国のアジアにおける再均衡および支配を支持するために動員されている。日本は膨大な米軍基地を受け入れており、フィリピンは-米比防衛協力強化協定を通して-近くその国土に米軍基地を舞い戻らせようとしている。
その軍事的策動の一環として、日本政府はフィリピン政府と共に、日本軍のフィリピン駐留およびフィリピン国軍との軍事演習への参加を認めるための-米比 訪問軍協定と同様の-日比訪問軍協定の締結を策動している。
それゆえILPSコミッション1は、アジア太平洋地域における自らの支配を強化しようとする日本帝国主義の策動と結びついた今回の天皇アキヒトのフィリピン訪問に反対する。われわれは日本の侵略戦争、占領、植民地支配によるすべての戦争被害者への日本政府の明確で公式な謝罪と法的責任にもとづく賠償を要求する。
すべての戦争被害者に正義を!
日本軍国主義の復活反対!
アジア太平洋での日米軍事同盟強化反対!
米日帝国主義を打倒しよう!
日比民衆の反帝国主義にもとづく連帯万歳!
2016年1月17日集会発表原稿
フィリピン新民族主義者同盟(BAYAN)日本支部
昨年10月13日、アキノ大統領は明仁天皇と美智子皇后の訪問を発表した。日本の現天皇がフィリピンを訪問するのは、第二次世界大戦後初めてだ。フィリピンの支配階級はこれを「歴史的」な出来事と祝っているが、一般の人々、特に戦中・戦後世代、さらに日本の戦争犯罪の被害者にとってこれは祝うべき対象ではない。むしろ、これは、第二次大戦中に日本が行った犯罪と残虐行為の傷が今に至るまで癒えていない人々にとっては由々しき辱めであり嘲りなのだ。
今年1月26日~30日に天皇がフィリピンに来るとアキノ大統領が1月12日に確認した。この訪問はどういう意味を持つのか。また、日本は世界の人々にどういうメッセージを発しているのか。
古い傷口をこじ開ける
第一に、明仁天皇の訪問は古い傷をこじ開けるだけだ。フィリピンの歴史において第二次世界大戦は最悪の時期と考える人もいる。私たちは平和を愛する人間であり、あの戦争を起こしたのではない。フィリピン人は、日米などの帝国主義者が引き起こしたあの戦争の被害者だ。
アメリカの支配地域だったルソン島に1941年12月、日本軍が上陸した。マニラはあっさりと陥落し、1942年3月に軍事政府が打ち立てられた。フィリピン人は猛烈なゲリラ攻撃を行い、日本の軍事支配に反対する抵抗運動を組織した。ゲリラの反対運動を押さえつけようと日本軍は無慈悲な作戦を敢行した。フィリピンでの戦後の軍事裁判にかけられたB級及びC級の戦争犯罪381件のうち、ほぼ半分が住民虐殺(138件)又はレイプ(45件)に関するものだった。
親から聞いた恐ろしい話をまだ覚えている。ライフル銃と銃剣で各自武装して村々を徘徊し、通りがかりの人間を一人残らず殺した日本兵がどんなに怖かったかと。子どもでさえ容赦されなかった。
4年もの長い間、フィリピンとフィリピン人は地獄を見た。こうした体験は決して忘れられはしないはずだ。フィリピンでの日本の戦争犯罪をスライドでみていただく。
フィリピン人民への日本の戦争犯罪に関する正義は確保されていない
今日に至っても、日本はフィリピン人民に対する自らの戦争犯罪を全て認めることを拒否している。私たちは皆、悲しいし、起こっている。日本の権力に対する野望のせいで、人々の生活はめちゃくちゃにされ、数多くの若者たちが命を奪われたのだ。
日本は人道に対する深刻な犯罪を認めず、あまりに尊大だ。だが、日比両国の友好関係を深めるために皇室の夫婦が来るというのも尊大であることに変わりない。過去の過ちを正さないで、どうして真の友好があり得るだろうか。
蹂躙された女性たち―フィリピン人元「慰安婦」の闘い
おそらく、第二次大戦中の日本によるフィリピン占領の中で私たちの心に今日まで残り続けている最も悲痛な記憶の一つは、日本兵による女性に対する犯罪だ。日本がフィリピンを無慈悲に占領する間に無数の女性が性奴隷--いわゆる「慰安婦」――であることを強いられたので、日本の侵略者の手によって彼女たちが受けた痛みは私たちの心に永遠に刻み付けられるのだ。
数多くのロラ(フィリピン人元「慰安婦」を私たちはそう呼ぶ)は日本兵によって強制的に家から連行された。家にいる時、働いている時、親のお使いをしている時。彼女たちは多くが独身だったが、既婚者もいた。私たちが聞いた多くの証拠のうちの一つだが、ビコール出身のロラは寝ている時に日本人が村にやってきて、男性全員と若い女性をかり集め、小学校に連れて行き、翌朝までそこに収容した。それから市役所に移動した。別のロラは、母親に近くの町から食べ物を買ってくるように言われ、また別の女性はマラボンの埠頭で水稲を集めていた。
ほとんどの「慰安婦」が日本軍の基地に連行されたが、そこは元々地方自治体の建物、個人の大邸宅、小中学校、病院、教会だった所だ。フィリピン政府に提出された報告にあるロラの証言によると、マニラにあるあらゆる教会で毎晩女性が日本軍兵にレイプされたそうだ。ロラの家自体が駐屯地に変わることもあった。地下道が「慰安婦」の収容に使われたという話もある。
こうした「慰安婦」が監禁された時期は3日から1年以上までと同じ報告は伝えている。彼女たちの約25%は4カ月以上監禁され、17%は3か月、16%は1か月だった。
同報告によれば、日本帝国陸軍は「慰安所」を数か所建てた。マニラ(②)には12か所の「慰安所」と5か所の民間の一般兵士用の買春宿があった。戦争犯罪人の証言によれば、朝鮮・フィリピン・中国の女性たちがいる「慰安所」が5,6か所あった。
北部ルソン(①)では、ヌエバエシヤ州の町であるバヨムボングに「慰安所」が存在した。中部ビサヤ地方では、「軍隊クラブ」という名の「慰安所」がマスバテ島(③)にあったことが分かっている。イロイロ(④)ではパナイ島に「慰安所」が2か所あった。
セブ(⑤)には日本人事業者が「慰安所」を開いた。レイテ島ではタクラバンに「慰安所」があった。同じレイテ島のブラウエン(⑦)にも「慰安所」が1944年8月にできた。
ミンダナオ島では、ブトゥナン(⑧)にフィリピン人女性3人がいる「慰安所」が1942年に設けられ、カガヤン州(⑨)にも「慰安所」が1943年2月に作られた。同島中央部のダンサラン(⑩)にもあった。ダバオ(⑪)には韓国人・台湾人・フィリピン人が性奴隷として連行された「慰安所」があった。
第二次大戦終結までの占領期に千人と推定されるフィリピン人女性が日本軍兵士によって性的に虐待された。軍隊の駐屯地で暮らし、繰り返しレイプされることを経験して以降、正義は極めて実現されにくくなった。多くの人が自分の望みをかなえられないまま死んでいるからだ。支援組織のリラ・フィリピーナの保護を受けているロラのうち、これまでに77人が亡くなった。97人が生存しているが、皆老齢だ。70代後半から80代のロラたちは権利としての正義を勝ち取るべく、今も闘っている。マニラにある日本大使館の前で幾度となく座り込み、時には東京での抗議行動に参加して日本政府に対する正義の実現要求を何度も求めている。日本人兵士が犯した犯罪を日本政府が認め、謝罪し、次の世代がこの問題を自覚するよう日本の公式の歴史的責任として認定し、賠償を行うこと―以上がロラたちの要求だ。
様々な日本政府関係者がいろいろな所でおわびを表明してきたが、こうしたおわびは不十分だとロラたちは考えている。彼女たちの要求を拒否し続けている日本政府の本音を反映したものではないからだ。
フィリピン政府が仲介して要求実現のために日本政府に働きかけることをロラたちは求めたが、またしても、その努力に成果はなかった。なされるべき正義はアキノ大統領と安倍政権の間は実現できないかもしれないと彼女たちは諦めている。おそらくフィリピン政府は、韓国政府が第二次大戦時に性的隷属を強いられた被害当事者の要求に対してそうしたように、ロラたちの側に立つのではなく、彼女たちに背を向けようとするだろう。全世界の平和を愛する人民と連帯した共同闘争を通じてのみ正義は最終的に実現されるという希望を確保されることをロラたちは分かっているのだ。
現在、ロラたちは、米比間の強化された防衛協力協定(EDCA)とフィリピンにおける自衛隊の活動領域を拡大する計画に反対する人民の闘争に加わっている。アジア太平洋地域で軍事的緊張が再び高まることと、日本が戦前のような軍事力を取り戻して弱小国を支配する大きな一歩を踏み出しいていることをロラたちは恐れている。この流れが続いて、第二次大戦中に自分たちに起こったことが今後若い世代にも繰り返されることを恐れているのだ。
戦後の日比関係においても不正義は続いた
戦後70年であり日比国交回復60年となり、フィリピン人が生活する上で日本は欠くことのできない一部になった。だが、肯定的な意味ではない。日本がフィリピンにとって最大の貿易相手国になった時期もある。しかし、軍事力で私たちの国と人民を支配した戦時とは異なり、これまで日本は経済力を用いてフィリピン人の生活のほぼ全ての面に支配を及ぼしてきた。
戦後は日本による第二のフィリピン侵略だったと私たちは見なしている。つまり、日本は高価値の製品をフィリピン経済の中に溢れさせ、フィリピンは日本に主に農産品を輸出する状態になるという一方的な関係だ。日本は自動車・大型機械・コンピューターなどの電化製品をフィリピンに輸出して巨大な利益をかき集める一方で、フィリピンは逆にバナナ・パイナップル・マンゴーを売るだけだ。単純に計算すれば、こうした不平等な貿易関係によって、フィリピンが得る利益をはるかに上回る利益を日本が得ていることが分かる。
戦争はそれゆえ継続してきたようなものだ。フィリピン人を死に追いやるのが、銃と銃剣によってではなく、日本の独占資本が行う凄まじい搾取とフィリピン経済の腐敗化によってという手段の違いに過ぎない。
日本の軍国主義復活
現在、日本の新たな安保法制が侵略的な安保政策への急激な移行を合法化していることをフィリピン人民は憂慮している。昨年7月16日に参議院で承認され、9月16日に衆議院で同意されたこの新たな安保法制は、おそらく外国を攻撃する同盟国を支援する軍事作戦のために自衛隊を海外派兵することを認めるものだ。
安倍右翼政府と与党の自公両党はこの移行を、日本の防衛態勢を「普通にする」ものだと言っている。端的に言って、日本は今、平和憲法を投げ捨て、防衛及び攻撃双方の軍事的能力と戦術を全面展開する上でのタガが外れている。日本は今、他の帝国主義国と同じように独自に行動する準備をして、世界的な力の再編成の渦中で生き残りを図っているのだ。
憲法9条を正面から攻撃する代わりに単に解釈を変えるだけで作成された新安保法制はまさしく、米帝との同盟とアジア太平洋地域における米帝の覇権を支持する中で行われる日本軍国主義の漸進的構築の最終段階だ。日米両国は昨年4月、日米安保条約の下での50年間に及ぶ同盟の中身を変えた。それは、アジア太平洋に限らない広大な地域の安保上の懸念に関して両国が軍事的協力を行うと強調している。その直後に、いわゆる防衛政策改革のための措置が取られた。新安保法制の施行により、自衛隊は日本の領域外で攻撃的な軍事行動を遂行でき、世界の至る所で米国主導の軍事侵略に参加し、日米同盟の枠にとどまらない独自戦略の選択さえも可能となっている。
新安保法制は日本にとって、また日本人民にとっても極めて有害なのは明らかだ。何故なら、同法制が、民間経済と公共投資から軍事に基づく経済への移行を加速化するからであり、他国の引き起こした戦争への関与や侵略行動に踏み込む日本の戦略の危険性を増大させるからだ。日本は米国と国内の軍事産業との協力の下で攻撃兵器による再武装化を進め、戦後70年で最大規模へと軍事予算を増やし、2014年には第二次大戦後初めて他国に軍事兵器を売り始めた。新法制によって、米国が主導又は支援する地球の広大な領域での戦争に日本の自衛隊と人民がいとも簡単に引きずり込まれる。また、核兵器を含む広大で戦略的な在日米軍基地の改修と拡大を正当化する。
新安保法制はまた、不吉な好戦的メッセージをアジア太平洋のみならず世界各国に送っている。軍事的な扇動と自衛隊海外派兵の増大は日本への不信を改めて掻き立て、世界各地で日本に対する警報が鳴り響いている。日本は最近、米国の戦略的なアジア基軸化を支援し、独自の大国化の野望も抱きつつ、オーストラリアをはじめとするアジア太平洋の重要な諸国とのより緊密な軍事関係を推し進めている。特に陸上自衛隊と情報収集部隊の立て続けの訓練がそれであり、同時に世界中での様々な「平和維持」活動を位置づけている。驚くべきことではないが、フィリピン政府は日本の新安保法制を歓迎した。自衛隊がフィリピンの軍事施設を使うことができるなどの軍事協力施策を盛り込んだ一時駐留協定(米豪とは締結済み)をフィリピンは日本と近々結ぶ見込みだ。日比合同軍事演習が近頃行われたが、これは、まさに米軍が現在行っているのと同じ、フィリピン国内の内乱鎮圧作戦に自衛隊が加わるかもしれない恐れを生み出している。
新安保法制に反対する大衆的な抗議行動を行い、憲法の平和条項を擁護し、米軍基地撤収を求め続ける日本の広範な部分を代表する日本人民との連帯を、バヤン日本支部は表明する。同法案が審議されていた数か月前から日本人民は数万人が立ち上がった連日の街頭抗議デモを通して強い怒りを表明した。この大衆運動が膨大な大学生、学者、文化サークル、さらには母親のグループまでも引き込んだことは特筆すべきだ。国会は同法案を可決したが、多くの団体が、草の根レベルの職場と地域にこの問題を一層持ち込み、街頭で、国会審議の中で、同法制の合憲性を問う裁判で、マスコミなど公的な言論の場で反対運動を続けると誓っている。世論調査で日本人民の大多数が新安保法制に反対していることに大衆運動は力を得ている。安倍政権支持率は50%を下回ったままだ。2016年参院選挙に至る過程でこの問題が再燃するのは間違いない。
日本の友人たちが日本で、アジア太平洋地域の内外で、侵略的な安保政策に対して断固としてかつ戦闘的に反対し、また、アジアにおける共同覇権の強化を図る米国帝国主義と日本軍国主義および両国の計画に対して警戒し続けるとともにあらゆる抵抗運動を全世界の人々に呼びかけ続けているので、私たちは心の底から嬉しい。フィリピン人民は日本人民との最も深い連帯を発展させ、帝国主義という共通の敵に対するフィリピン人民の闘いを続けていくことを誓う。
フィリピン人民の応答
私たちは、先の大戦の犠牲者として、日本が再び戦争への道を邁進していることを強く弾劾する。過去、悲惨な教訓を学んだ私たちは、これを絶対に繰り返したくない。
従って、天皇明仁と皇后美智子の今回の訪問は、世界の政治情勢の下で日本が自らの立ち位置を変更しようという動きを強めようとする一環と思われる。ここ数年で経済的な優位性を喪失した日本は、ただ黙って座り込んでいたりはしない。天皇夫婦の訪問は、フィリピン人民を再びだましてフィリピンのようなより貧しい国の支持を得ることに日本がどれほど懸命になっているかを物語っている。
だが、私たちはもう騙されない。厳しい試練の中で教訓を学んだからだ。安倍政権と独占資本が支配する日本は海外に出るのは、友人を作るためではなく、フィリピン人民と現在と未来の生活を支配するためだ。
先に述べたとおり、私たちは今回の訪問を快く思っていない。第二次大戦で死んだフィリピン人、残虐行為を行った日本の戦争被害者の傷口をこじ開けるものであり、彼らの過去に対する重大な侮辱だからだ。正義のない友情など美化された代物であり、私たちフィリピン人はこれに反対すると腹を決めている。
今述べた通り、フィリピンの仲間たちは今回の天皇夫妻フィリピン訪問に対するフィリピン人民の反対の意思を表現するための一連の抗議行動を展開している。闘うメッセージを交換すべきだ。私たちは平和を愛する人民であり、真の平和のために闘って犠牲になった人々への正義が必要だ。見せかけの友情や発展する連帯などいらない。ましてや、中国や、主権国家としてのフィリピンにとっての敵である国々からの防衛に関する関与など、フィリピンに対する日本のうわべだけの善意に過ぎないのは明らかだ。日本の真の狙いがフィリピンの経済と生活を支配することだということを知っているからだ。
永続する真の平和と正義は私たち自身の闘い、連帯を通じてのみ打ち立てられるのははっきりしている。正しいことのために真に闘っている皆さんと共にいることができる機会を与えていただき、感謝します。私たちの連帯をさらに強めましょう。そうした連帯が、いつにもまして世界的に必要だからです。
フィリピン人民は平和を愛しています。日本人民もそうです。私たちが求める平和と成すべき正義を実現するために共同行動で日比人民はつながっています。
いつも言うように、
The people, united will never be defeated! (団結した人民は決して負けない!)
国際連帯万歳!
日本軍国主義反対!
帝国主義打倒!そうです、真の平和と正義のために私たちの人民闘争の前進を!
ありがとうございます。